2008-12-10(Wed)
言葉の力
私の中の、表層意識という名の心のテーブルの上には
苦しみや悲しみが渦巻いていて、私の心にわけが分からぬ刃を突き立てる。
分かってくれよ、癒してくれよと突き立てる。
けれどふっと
「私はこれが苦しかったのだ」
と、その感情にしっくりくる「説明」を得ると
説明を得た分の苦しみにはぺたっとインデックスが貼られ
しかるべきファイルに綴じられて
深層意識の本棚におさまっていく。
少しだけテーブルが片付いて
少しだけ突き立つ刃の量が減る。
苦しみは苦しみのまま消えたわけではないが
もうわけの分からない暴れ方はしない。
さっきまで苦しみに隠れていて見えなかった、
喜びや楽しみも、隙間から顔を出す。
苦しいの差別だの粗末だのと、われながらよく愚痴が続くなと思うが
私だって日々の生活の中で
いつもいつもそんなことばかり考えているわけではない。
でも多分、私の苦しい病気には、傷ついてしまった心には
きっと癒す作業が必要だから
きっとことばが必要だから
私はここでことばをつむぐ。


苦しみや悲しみが渦巻いていて、私の心にわけが分からぬ刃を突き立てる。
分かってくれよ、癒してくれよと突き立てる。
けれどふっと
「私はこれが苦しかったのだ」
と、その感情にしっくりくる「説明」を得ると
説明を得た分の苦しみにはぺたっとインデックスが貼られ
しかるべきファイルに綴じられて
深層意識の本棚におさまっていく。
少しだけテーブルが片付いて
少しだけ突き立つ刃の量が減る。
苦しみは苦しみのまま消えたわけではないが
もうわけの分からない暴れ方はしない。
さっきまで苦しみに隠れていて見えなかった、
喜びや楽しみも、隙間から顔を出す。
苦しいの差別だの粗末だのと、われながらよく愚痴が続くなと思うが
私だって日々の生活の中で
いつもいつもそんなことばかり考えているわけではない。
でも多分、私の苦しい病気には、傷ついてしまった心には
きっと癒す作業が必要だから
きっとことばが必要だから
私はここでことばをつむぐ。

